養子をむかえる米国家庭

 

数年前、フロリダのディズニーワールドに行った時のこと。園内移動のバスに乗っていると向かい側に40代くらいの白人夫婦が肌の色の違う子供を真中に3人で楽しそうに座っている。ああ、養子なんだなと一目でわかる。実際ディズニーワールドを歩いていると、そういう養子らしき家族連れをけっこうな頻度で見かける。

 

米国に住み始めて初期のころ驚いたことの一つが、米国家庭に養子が多いことだ。血縁を重視する文化の日本では、子供がいない夫婦が養子をむかえることすらあまり多くはない。しかし米国では、子供がいない夫婦はもちろん、実子がいる夫婦でも兄弟姉妹がいた方が良いと、けっこう気軽に養子をむかえる家庭がある。宗教的なホスピタリティーや、子供を育てるというペアレンティングに家庭を持つことの意味を見出している度合いが大きいように思える。

 

養子をもらうにはいろいろ方法があるが、自分の親せきや知り合いからもらう場合ではなく、エージェントを通してもらう場合は、一般的にはかなり厳しいスクリーニングがあるので誰でもが養子をもらえるわけではない。夫婦関係の良い夫婦であること、経済的に安定していて問題がないこと、家族が賛成していて協力的であることなど多種の項目でふるい落とされて、基準に合った家庭が養子をもらうことができる。

 

米国では生まれたばかりの赤ちゃんを養子にもらうのが主流。米国内での養子縁組か外国からの養子縁組かで手順も異なる。米国内の養子縁組の方が求められる基準が高い。外国からの養子縁組を望む人は、米国内の養子縁組の基準に合わなかった人、自分の祖国からの養子を望む人、実母が外国にいて米国内にいないほうが距離があって安心と思う人などだ。

 

養子縁組にはオープン縁組とクローズド縁組があって、オープンの場合は子供と実の親との交流があるが、クローズドの場合は実の親とは縁が切れて原則的には後に子供の親権のことで争いごとになることを避けることができる。クローズド縁組の方が一般的だそうだ。

 

養子をむかえる家庭は圧倒的に白人家庭が多い。それはやはり経済力の問題だろう。犬・猫ではなく、人間の子供を赤ちゃんの頃からずっと養育するのだからある程度経済的に余裕がなければ困難だ。しかし別に大金持ちである必要はない。知り合いの夫婦(夫米国人、妻日本人)は40代前半で子供がいないので、3年前に中国から養子をもらった。二人とも大学教員だが、経済的には中間上位層で、ペンシルバニア州で地味な暮らしぶりだ。

 

実際、養子をもらうにはお金がかかる。エージェントを通して養子をもらう場合、実母に払う料金、エージェントの仲介料、弁護士費用、法的な手続費用などいろいろある。もちろん、どういうエージェントを使うか、赤ちゃんの人種は何か、どこの国からもらうかなどいろんな要素があるので、ケースによって様々だが、一般的には赤ちゃん一人で最低でも数千ドル、高ければ4万ドル以上で、数万ドルかかるのが普通と言われている。

 

米国で外国から来る養子で多いのは、中国、韓国、メキシコ、メキシコ以外の中南米諸国、ロシア、ロシア以外の旧ソ連諸国、東欧諸国、東南アジア諸国、アフリカなど。アジア系の養子は以前は韓国からが圧倒的に多かったが、近年は中国、ベトナムなどが多いそうだ。韓国は朝鮮戦争後、米国との関係で大きな養子輸出国だったが、経済が豊かになってから減少し、近年養子ストップがかかりかけているとも聞く。

 

そういえば、88年のソウルオリンピックの時、米国のテレビ局NBCがオリンピックの放映の合間に、韓国からの養子をむかえて幸せそうにくらしている米国家庭をたくさん紹介して、韓国政府からクレームが来たという出来事を思い出した。韓国政府は「我が国はすでに経済的に発展しており、自国民を養子にどんどん出すような国ではない。そういう放映は慎んでほしい。」との主張だった。

 

近年は同性愛のカップルが養子をむかえるケースも増えた。マンハッタンで私の義姉家族が住むアパートの隣にはゲイの男性二人が住んでいる。二人とも医師で、去年男の赤ちゃんを養子にもらった。実の母親とも交流があるのでオープン縁組。たしかにこうするしかペアレンティングを経験できないので理解はできる。しかし子供の将来を思うと賛成するのが難しいという世間の風潮もないわけではないので、現在の所、同性愛のカップルが養子をもらうのは、ハードルが少し高そうだ。

 

養子をむかえて、うまくいっている家庭ばかりではない。知り合いの米国の白人家庭は50代で夫が医師、妻は専業主婦。実の息子(30才)がいるが、韓国人の女の子を赤ちゃんの時に養子にもらって17歳の高校生。その娘は現在、全寮制の私立学校に行っているそうだ。話によると、その女の子は小さい頃はとてもいい子だったが、思春期に自分だけ肌の色が違う養子であることを悩むようになったのか、不良になって手がつけられなくなったそうだ。「18歳までは扶養する義務があるので責任は持つが、それ以降はもう知らない。厳しくて冷たいようだが、一人で自立して生きて行ってもらう。」と言っていた。

 

日本人的には「養子の子供がそのようになってしまったのは養父母の責任もあるのでは?不良になったからといって18歳で縁切りするなんて無責任すぎる。」と感じてしまうのだが、米国ではこういうケースはたまにあるらしい。そういえば、米国での就職と少し似ているかもしれないと思った。簡単に解雇ができるので結構気軽に正社員で雇ってもらえる。気軽に養子をむかえる文化には、やはりそういうバックグラウンドもあるのだなあと思った。

 

米国内で白人の子供を養子にもらうのは競争率がとても高い。だから高校生が妊娠しても堕胎をすすめず、産ませて、生まれた赤ちゃんは比較的裕福な家庭で大事に育てられるというルートができている。実母が妊娠中のうちからもう赤ちゃんの貰い手が決まっていて、出産時には養父母が病院に待機していて、生まれた瞬間からもう親になるというケースも少なくない。

 

こういう養子の文化が存在することが理由の一つで、米国では、胎児の人権を大事にし、人工妊娠中絶を法的に禁止する州が存在し、人工妊娠中絶の是非が大統領選挙でも大きな争点になったりするのだ。それを思うと、日本で人工妊娠中絶の法的手続きがかなり簡単で、経済的に大変だからといって人工妊娠中絶をすぐ考えてしまう夫婦が結構存在することが、この少子化の時代に、いいのかどうかわからなくなる。米国にはごく少数ではあるが、障害児ばかりを養子にしてひきとって育てている人もいる。頭が下がるばかりだ。